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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)24号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和五〇年七月三〇日付でなした控訴人の昭和四九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、昭和五〇年八月三〇日付再更正処分により減額された部分を除く。)を取消す。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

一  控訴代理人

所得税法第三六条第一項が権利確定主義を採用したのは、徴税官の恣意を許さず、権利確定という明確な一線を画して収入すべき権利の確定したもののみに課税し、権利の確定しない収入に対する課税を許さない趣旨である。従つて、たとえ自己の権利に基づいて現実に収入を取得し、既にその経済的利益を収受しているとみられる場合であつても、その取得すべき権利の確定が将来にかかり、かつ、この確定が抽象的、未必的可能性に過ぎない以上、収入すべき権利が確定しないものとして課税の対象とすべきものではない。

しかして、本件における償却費相当額は、控訴人においてこれを収受し保証金として利用できるけれども、これを自己のものとして自由に処分できない未確定のものであり、それは、デパート等が販売する商品券の売却代金と異なるところが存しないから、課税の対象とさるべきものではない。

二  被控訴代理人

控訴人の右主張事実を争う。

理由

一  控訴人が昭和四九年分所得税につき確定申告をなしたところ、原判決添付別紙一記載の経緯、内容のとおり、被控訴人が同五〇年七月三〇日付で更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、これらを合わせて本件更正処分という。)をなし、その後右更正処分による総所得金額、申告納税額及び過少申告加算税額につきこれを減額する旨の再更正処分をなし、控訴人がこれに対し異議申立て及び審査請求に及び、いずれも棄却されたこと及び本件更正処分(右再更正処分により減額された部分を除く。以下同じ。)は、控訴人がその所有にかかる市村ビルの貸室を訴外エチレンケミカル株式会社ほか四社(以下、賃借人らという。)に賃貸するについて昭和四九年中に右貸借人らから預託を受けた保証金のうち原判決添付別紙二記載の償却費相当額合計金一七九万円を被控訴人が不動産所得の総収人金に算入したことによつてなされたものである事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、右償却費相当額が昭和四九年分の不動産所得に該当するかどうかについて判断する。<証拠略>を総合すると、控訴人と賃借人ら間の貸室賃貸借契約中、控訴人が右賃借人らから預託を受けた保証金及びそのうちの償却費相当額に関し

(イ)  賃借人は右賃貸借契約に基づく債務を担保するため、契約締結と同時に控訴人に対し原判決添付別紙二記載の保証金を預託する。

(ロ)  賃借人が賃料の支払を遅滞し又は損害賠償その他右契約に基づく控訴人に対する金銭債務が生じた場合、控訴人は、保証金の全部又は一部をその弁済に充当することができる。

(ハ)  賃借人は、右の場合充当の通知を受けた日から一週間以内に、当初定めた保証金額に達するまで、保証金を補充しなければならない。

(ニ)  控訴人は、契約が終了し賃貸物件の明渡し完了後一週間以内に、保証金を賃借人に返還する。

(ホ)  保証金の返還にあたつては、控訴人は、その金額より原判決添付別紙二記載の償却費相当額を賃貸物件の償却にあてるものとして、これを差引いた残額を賃借人に返還する。

(ヘ)  控訴人が賃借人の債務不履行以外の理由によつて賃貸借契約を解除した場合、控訴人は、保証金の全額を返還する。

以上の約定の存した事実を認めることができる(右(ロ)、(ニ)及び(ホ)の約定の存した事実は、当事者間に争いがない。)。<証拠略>によつても、右認定を動かすことができず、他にこれを左右するに足りる証拠は存しない。

以上認定した事実並びに争いのない事実によつて右約定の趣旨を考えれば、控訴人が賃借人らから預託を受けた保証金のうち償却費相当額を除いた部分は賃料の未払等将来における債務を担保するための保証金であつて、敷金とその性質を同じくするものであるが、賃貸物件の償却費にあてるものとされている償却費相当額に当る金額分は、賃貸借契約が終了し賃貸人が賃貸物件の明渡しを受けて保証金を賃借人に返還する場合において、貸与期間の如何にかかわらず、返還を要しないものであつて、しかも、右償却費相当額として預託を受けた金額分についても、賃貸人としてこれをその使途のため特定保管しておく義務を負うものではなく、これを現実に賃貸物件の償却費として支出すべき拘束をも受けるものではないと解することができる。

そうすると、本件の償却費相当額合計金一七九万円は、約定の文言上、償却費という表現が使用されていることにかかわらず、控訴人が賃借人らに貸室を引渡し保証金の預託を受けた時点において、収入すべき権利が確定し、自由に処分することのできる金員であるといわなければならない。

三  控訴人は、本件の償却費相当額はいまだ収入すべき権利が確定しない旨主張するので、以下、この点について検討する。

(一)  先ず、控訴人は、保証金全部が賃料等の債務の担保となつているから、控訴人が償却費相当額を取得できるのは、賃貸借契約が終了して保証金の返還時期が到来し、かつ、賃借人が控訴人に支払うべき未払賃料等の債務が償却費相当額を控除した保証金の額を超過しないことが判明した時であると主張するが、右主張は、当裁判所の前示見解とその見解を異にするものであつて採用することができない。

(二)  次に、控訴人は、本件の償却費相当額を取得する権利が未確定であることは商品券を売却して、その代金を取得する場合と異らないと主張する。しかしながら、デパート等における商品券とは、商店の発行する切手であつて、その呈示に対し自己の扱う商品を券面額に達するまで給付することを約する有価証券であり、その売却は買主の交換手段を現金その他から右証券に替える実質を有するにすぎず、いまだ商品給付の対価取得による売主の所得を生ずるには至つていないから、右商品券を売却して得る代金は、本件償却費相当額として控訴人に取得される金員とその性質を全く異にするものといわなければならない。従つて、右償却費相当額につき、所得金額の算定上商品券の売却代金と異なる取扱がなされるとしても、何ら不合理はない。

(三)  また、控訴人は、控訴人が賃借人の債務不履行以外の事由によつて賃貸借契約を解除した場合には償却費相当額の全部を賃借人に返還しなければならないから、控訴人が右償却費相当額を取得できる時期は、控訴人が右の事由による賃貸借契約の解除ができないことという条件が成就したときであると主張し、償却費相当額の返還につき前示二の(ヘ)の約定の存することは、前に認定したとおりであるが、右約定の文理上からは控訴人主張のごとき条件が付せられている関係と解することはできず、右条件が付せられた事実を認定すべき証拠はない。右約定による償却費相当額の返還債務は、賃借人の債務不履行以外の事由によつて賃貸借契約が解除された場合、これを原因として特約に基づき新たに発生する賃貸人の賃借人に対する債務であつて、この法律関係の生ずる場合があるからといつて、償却費相当額について控訴人が前示のごとく既に確定的に取得したものというべき権利が、条件付、未確定のものとなるべき筋合いはない。従つて、控訴人が、右特約に基づいて償却費相当額を賃借人に返還した場合には所得税法第五一条第二項の規定により、その時の属する年分における不動産所得の計算上、これを必要経費として処理することとなるのであつて、納付した税額の還付等の問題は起きないから、控訴人の懸念するように、既に納入した税額に対する利廻りを考慮する必要を生ずる余地はない。

(四)  なお、控訴人が賃借人から預託を受けた本件保証金中より昭和四九年中に現実に本件賃貸物件の償却のための支出を行つたことの主張立証はない。

四  そうすると、本件償却費相当額合計金一七九万円は、控訴人の昭和四九年分不動産所得の計算上、その年に収入すべき金額として収入する権利の確定したものというべきであるから、被控訴人が、これを控訴人の同年分における不動産所得の総収人金に算入してした本件更正処分に違法は存しない。

五  よつて、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍正三 長久保武 加藤一隆)

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